1866年の普墺戦争時、リヒテンシュタインは80人の兵士を派遣しました。彼らは一度も戦闘に参加せず、帰り道で仲良くなった新しい友人を一人連れて帰ってきたため、合計81人になって帰還したのです。

1866年の普墺戦争の際、リヒテンシュタインはわずか80人の兵士をオーストリアとイタリアの境界にあるブレンナー峠の守備に派遣しました。
ヨーロッパ中が激しい戦いに明け暮れる中、彼らは美しいアルプスで景色を楽しみながら過ごしていました。結局、一度も敵に遭遇することなく、銃声一発すら鳴りませんでした。
戦争が終わって首都ファドゥーツに帰還したとき、出迎えた人々は驚きました。出発したときは80人だったのに、帰ってきたのは81人だったのです。 どうやら、現地でイタリア人の連絡将校(あるいは亡命者)と仲良くなり、その人物が「リヒテンシュタインについていきたい」と言い出したため、一緒に連れて帰ってきたそうです。
軍隊が「マイナスの損害(増えて帰る)」を出した唯一の例です。この後、リヒテンシュタインは軍を解体し、現在も軍隊を持たない国として知られています。